僕は普段ミステリー小説をメインに読んでるのであまり恋愛小説を手に取る機会が少ないのですが、たまたま読書管理サイト『読書メーター』が雑誌『ダ・ヴィンチ』と共催しているレビュアー大賞で課題図書となっていたのをキッカケに本作と出会います。
読み始めるとその瑞々しい文体と繊細な描写にすぐに心奪われたよ。
そんなわけで今回は汐見夏衛さんの『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』をレビューします。
『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』あらすじ
親、教師、クラスメイト。そのすべてに理由もなくイライラした毎日を送る14歳の主人公・百合。代わり映えのしない、平穏すぎる毎日を抜け出したいと強く願っていたある日、ささいなことで母親とケンカをして家を飛び出してしまう。防空壕跡で夜を明かした百合が次に目を覚ますとそこは1945年、終戦直前の日本だった。百合は呆然としながらあてもなく彷徨うが空腹と暑さで倒れ込んでしまう。偶然通りかかった彰に助けられ、彰の包み込むような笑顔と優しさに次第に惹かれていく。しかし、彰は特攻隊員で数ヶ月後には死地に飛び立つ運命だったー。
『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』見どころ
著者の汐見夏衛さんは鹿児島県出身で本作執筆時点では現役の国語教師でしたが、学生時代に訪れた『知覧特攻平和会館』で受けた衝撃が忘れられず、「他人の命を奪う権利は誰にもない」ということを伝えるため本作を執筆したと語っています。
その言葉通り、百合の心情や悩み、願いがリアルに描写されていて、セリフの一つ一つが読む者の心に突き刺さります。
百合は相手が特攻隊員であろうが警察官であろうが、一点の曇りもなく「戦争は間違っている」、「特攻なんておかしい」と訴え続けます。
戦争に否定的な意見を口にしただけで「非国民」と非難され処罰の対象になっていた当時としては異例中の異例のことだよね。
余談ですが、『百合』の花言葉は「純粋」「無垢」、特に白百合は「純潔」「威厳」とされていて、百合という登場人物にかける著者の想いが表されている気がします。
本作に登場する特攻隊員の多くは10代から20代の若者です。現代だと将来に想いを馳せ希望に満ち溢れた時期のはずですが、特攻隊員の彼らはいつ出撃命令が下るともしれない日々を過ごしています。周りの大人たちが自分たちを「生き神様」と崇める一方で、人知れず「生きたい」という想いを捨て切れない特攻隊員もいたはずです。
早ければ数日後には敵艦に特攻して死ぬという運命を受け入れるのは並大抵のことではありません。だからこそ特攻隊員の彼らは『今を生きる』ことに対して現代の若者の何倍も真摯に向き合っていたのではないかと思います。
『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』まとめ
戦争とは異なる正義を掲げる者同士が対立して争った結果として起こるものだと個人的には考えてます。しかし、一概に正義と言っても時代や個人によって解釈は幾通りも存在し、明確な解は存在しません。
戦勝国や多数派の正義が必ずしも正しいわけではなく、時流に流され隅へ追いやられた少数派の中には時代が異なれば主流になる正義もあります。
『正義』を辞書で引くと「人の道にかなっていて正しいこと」とあります。今自分が信じている正義は果たして本当の意味で『正義』なのかー。本作は情報が溢れる現代においてそんな根源的なことを考えさせてくれる一冊です。
今僕たちが当たり前に享受している幸せも不変ではありません。正義が変われば再び戦火に見舞われないと誰が言えるでしょうか。
今あなたが信じている正義は本当の意味で『正義』ですか?
あとがき
汐見夏衛さんは元々携帯小説で執筆されていたのですが、本作の続編となる『あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。』が『ノベマ!』で公開されています。
本作を読んでくれた方は続編も絶対読んだほうがいいよ
また、2020年12月28日に書籍化されたので、こちらもよければどうぞ。
