「ゆうむ」「ふしゅう」「みぞゆう」
これはそれぞれ「有無」「踏襲」「未曾有」の誤読で、本書で主人公はワケあって総理大臣になってしまい、閣議で誤読を繰り返します。
はて、どこかで聞いたような・・?
ふと気になってググってみると、どうやら池井戸潤氏は2009年当時に総理大臣だった麻生太郎氏をモチーフに本作を構想したようです。
麻生内閣は2008年9月から約1年間続きましたが、僕を含め普段あまり政治に興味がない人にとってはこの誤読のイメージが最も強いのではないでしょうか。
読み間違いなどはあくまで一個人の問題ですが、閣僚が起こそうものなら野党やメディアにとっては格好の標的です。
ひとたび発覚すれば、他に審議すべきことや報道すべきことをそっちのけで連日追求合戦を繰り広げます。
また、追求される閣僚は閣僚で「質問された内容の答えになってなくない?」って思う答弁でのらりくらりとかわします。
政治の世界では当たり前なのかもしれないけど、僕からすれば無意味なやり取りにしか思えないんだよね。。
本作はそんな疑問を抱いてる僕の胸をすいてくれる一冊です。
『民王』のあらすじ
ある日、総理大臣の『武藤泰山』と息子で大学生の『武藤翔』の人格が突然入れ替わってしまう。国家転覆を企てるテロを警戒して、周囲には事実を秘密にしたまま過ごすことにしたが、翔は政治に全く興味がなく、ろくに漢字も読めないため国会答弁も苦労する始末。一方の泰山も、就職活動で気に入らない面接官を論破して不採用になるなど苦闘することになる。果たして、二人は無事元に戻ることはできるのか――。
本作は突然入れ替わってしまった泰山と翔が元に戻るまでの過程を描いたヒューマンコメディです。
ページ数は352ページで、400〜600ページの作品が多い池井戸潤作品の中ではわりとライトな部類となります。
個人的に秀逸だと感じたのはその設定です。先に紹介した麻生太郎氏もそうですが、フィクションではありますが100%空想ではなく、事実に基づいた設定を巧みに使っています。
例えば、本作にCIAの機密技術として出てくるリモート・ビューイングも明治大学教授の石川幹人氏が主宰する「メタ超心理学研究室」によると、スプーン曲げで一世を風靡したユリ・ゲラー氏を被験者に実際に実験が行われていたとされています。
『民王』の見どころ
本作にはハッとさせられるセリフが度々登場します。
例えばこんな一文。
・・耳が痛いな
自分を鑑みても、数年前までマスコミの情報を鵜呑みにしてろくに政策について精査しないまま、イメージだけで投票していた時期があったなと反省させられました。
このように本作では池井戸氏の政治に対する考えが泰山や翔のセリフとして色々な場面に散りばめられてます。
『民王』レビューまとめ
読み始めは他の池井戸作品にない軽さが良くも悪くもどうなのかなという気持ちがありました。
でも、読み進めていくと「あぁ池井戸作品だ」と思わせてくれる安定した勧善懲悪な展開と、当初心配していた他の池井戸作品にはない軽さがいい意味でマッチして新たな読後感をもたらしてくれます。
政治の世界に興味がない人にもぜひ読んでもらいたい一冊です。